信号待ち、割り込んできたおばさんと何もできなかった私の話

なにもしないうちに時間だけが過ぎていく生活におびえているオタクこと、おしゃキミです。こんばんは。

『やらなかった後悔よりやった後悔の方がいい』とはよくいったもので、考えるだけで済ませてしまうこととそれを実際に行動に移すことには、結果的に大きな違いがあると改めて感じた話をひとつ。

信号待ち、割り込んできたおばさんと何もできなかった私の話

仕事終わり、たくさんの人が信号待ちしている交差点。後ろからおばさんが人を押し分けてズカズカと割り込んできた。

私自身、割り込まれてもあまりイラつくことはないけれど、とにかく人が多い場所だったので他人を押しのけてまで前へ入ってくるその強引さにイライラを通りこしてある意味関心していた。

そんなことを考えていると信号が変わり、人が一斉に動き出した。割り込みおばさんは信号が変わるかそれよりも早く歩き始め、ズカズカと人を押しのけ進んでいく。

「あんなに強引に割り込んできたんだから、もしかしたら急ぎの用事があったのかもしれない」そんなことを考えながら、割り込みおばさんの後ろ姿を見ていると、そのすぐ後ろあたりに目の見えないであろう男性が白い杖を使いながら信号をわたっていることに気がついた。

この人の量、流れの中、横断歩道を歩くのは大変だろうな。漠然とそんなことを考えていると周囲の人も同じ考えだったのか、気を使ったのか…男性の周りには若干スペースができつつある。

横断歩道の真ん中へさしかかったところでその男性を追い抜くと、それと入れ違うように前からあの割り込みおばさんがまたズカズカと戻ってきて、目の見えない男性の横に近づいていき「肩、もってくださいね!」と声をかけたのだ。

目の見えない男性は一瞬驚いたようだったけれど片方の手を差し出し、そしておばさんはその手を自分の肩にのせ男性の誘導し横断歩道を進んでいった。

私はそれをただ見ていただけでなにもしなかった。

考えたことを行動に移す力は結果をもたらす

私はおばさんの強引な割り込みに対しても、頭の中であーだこーだと考えるだけで注意もしなかったし、目の見えない男性が大変そうだということを考えながらも、なんの行動も起こさなかった。

おばさんの割り込む強引さは、きっと多くの人を不快にさせる行為だけれども、その後の迷わずに人に手を差し伸べられる強引さはすばらしいもので。ある意味、他人の目なんて気にならないから割り込みもできるし、手を差し伸べることもできるんだと思う。

たいていのことは考えるだけでは足りなくて”行動”が伴わないと結果にもつながらない。思い返すと、人の目や失敗することつまり結果を気にして”考えたけれど行動に移せなかったこと”はたくさんある。

その結果は”なにもない”

もしかしたら失敗したかもしれない結果を回避できたけれど、それは少なからず成功できた可能性も捨てているわけで。

行動に移せば、うまくいくかいかないかはわからないけど、”結果”を手にすることができる。結果は経験につながり、次のへとステップとなりうる。そういうチャンスを”考えただけ”で満足してたくさん捨ててきてしまったのかもしれない。

やらない後悔よりやった後悔。働き始めて、学生ほど自由な時間がなくなってからほんとうにその通りだと実感することが多くなったなぁ。

日記が長くなってしまいましたので、このへんで!

以上、信号待ち、割り込んできたおばさんと何もできなかった私の話でした。

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