スマートフォンをスマートに使いこなせない私

おしゃキミブログ

ここ最近、会う人会う人に「目が充血してる」と言われ危機感を覚えています。充血の原因はパソコンとスマフォの見過ぎなのはわかりきっているんだけど。

仕事柄一日8時間はパソコンのディスプレイを眺めてるし家に帰ってきてもこうやってブログを書くためにPCとにらめっこ。今も目が痛い。

今日は楽しいことを書く気分でもないから、徒然なるままに心に移りゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくろうと思ふ。

スマートフォンをスマートに使いこなせない私

いきなりだけどスマートフォンのことをなんて略してます?

「スマホ」って略す人が多いけどスマホの「ホ」って何?スマートフォンなんだから略したところで「スマフォ」でしょ。「スマホ」じゃ「スマートホン」になっちゃうじゃん。とかそんな無駄なこと考えてしまう私。

 
大多数の人が「スマホ」って略しているのだから「スマホ」という略し方も正解なんだろうっては理解できるけれどなんとなく納得はできない。

 
個人的に「スマホ」と表記する人に「スマートフォン」についての質問はしたくないな~とか非常に可愛くないことを思ってしまう。

 
特に「スマホって超便利」だなんて言ってる人については「あなたが毎月約1万円を支払ってまでスマートフォンでしなければならないことは何なのだ」と聞いてみたくなる。何割が本当にスマフォを使いこなせているのだろう。

 
と、他人に喧嘩を売っている私はというと、格安のSIMフリー契約でスマフォを使いパケット代を安く抑えているというわけでもなく、きちんと高額なパケット代を支払ってやるとこはネットサーフィンだけというスマフォを使いこなせていない側の人間。

 
暇さえあればTwitterのTL監視、まとめニュースサイトのチェック、トレンドのチェック、LINEでやり取り…学生(全盛期)の頃にスマホに出会ってなくてよかったなとは思う(スマフォを手にしたのは高校3年生の頃だからね確か)。きっと私はいまよりもっとバカに育っていたと思う。

 
バカに育つっていうのは「自制が効かない子」に育つという意味。今現在少しでも手持無沙汰になったらスマフォを見ずにはいられない生活をしているのだから時間の有り余っている学生時代にスマフォを手にしていたらほんとに丸1日スマフォの画面を眺める生活をしていたのではないかと思う。

 
LINEも全盛期でなくて良かった。LINEの既読通知は嫌い。私自身は、既読無視されても一向に構わないのだが自分が既読無視することには抵抗がある。だからLINEは非通知にしている。通知が来る=返信しなきゃいけないという非常に無駄な義務感が生まれるからね。

 
テレビを見ながらツイッターで他人の反応を見たり、話題のニュースを見てみたりいつでもどこでもネット上の他人の動きを気にせずにはいられなくなってしまった。

 
会社からは土日も何かしらの通知が届く。休日くらいは完全に遮断したけれど、いざという時に備えてスマフォの電源を切ることはできないし。スマフォを通して他人に縛られている、時間を縛られている気がしてくる。

 
そんなに状態になっているのに、なんで私はスマフォを通してネット世界にどっぷり浸かってしまうのだろう。不思議。

 
ネットに依存している理由の一つにいろんな情報を手に入る、というのがあるのだけれど結局ネットで話題(俗にいうバズる)になったものだから大勢の人が知っている情報になってしまいいつの間にか面白味がなくなっていたりする。

 
昔、本で手に入れた情報はいまだに私しか知らないんじゃないかって情報があったり、新鮮味があったり未だに楽しめるのに。

 
改めて考えると、自分が肌身離さず持っている物体が常にネット世界がつながってるって不思議な感覚。

 
スマフォは私に新しいつながりと情報をもたらしてくれるけれども、お金と時間と気力を奪っていく。
私が手にしている情報とつながりは、私が失うであろうお金と時間に見合ったものなのかどうなのか私にはわからない。

 
 
スマートフォンをスマートに使いこなす人間に私はなれそうもないことだけは確かなのだけれど。